「おっしゃる通りです。囲碁は打ったことがありませんでした。囲碁というゲームがあることも知らなかったと思います。実を言うと、僕の家系は囲碁を打つ家系ではありません。」

「囲碁を打つ家系と打たない家系とがあるのですか」と町会長。

「調べたわけではないのですが、子供の頃、家に将棋盤はありましたが、碁盤はありませんでした。」

「小さい頃から囲碁をしていたというのではないのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。中学2年生の終わりの春休みに囲碁の打ち方を教えてもらわなければ、一生囲碁をすることはなかったと思います。」

「このとき、囲碁が陽のゲームだということに気がついたのですか」と町会長。

「僕が気がついたのは、理科の天野先生と数学の西山先生が毎日宿直室で碁を打つということと、自分で打ってみると頭がボッとしてしまうことぐらいでした。」

「頭がボッとしてしまったのですか」と町会長。

「頭が限界に達してしまったような感じでした。」

「それから碁を打つようになったのですか」と町会長。

「2、3日後に高野誠に『碁を打たない?』と言われたのですが、断っています。」

「せっかく、友達が誘ってくれたのに断ってしまったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。今も社交性がないのですが、当時は全くありませんでした。他人に対する関心が全くなかったのです。」

「しかし、なぜ断ったのですか」と町会長。

「いまいち、囲碁のルールが分からなかったので、翌日、本屋さんに行って入門書を買い、読んでいる途中だったからです。」

「なるほど。碁のやり方が分かっていなかったので、断ったということなのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。特に、将棋と違って、終わりが分からないという問題があったのを覚えています。」

「なるほど。いつから碁を打つようになったのですか」と町会長。

「僕が碁の本を読んでいるのに気がついた父が、折り畳み式の碁盤と碁石を買ってきてくれたのです。」

「それでは、お父さんは碁が打てたのですか」と町会長。

「父が碁を打つという話は聞いたことがなかったのですが、一応打てたのです。」

「それで、お父さんと打つようになったのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。最初9目置いて打ったのですが、3カ月ぐらいすると、父は僕に勝てなくなり、父と碁を打つのは終わりになりました。」

「その後は、誰と打ったのですか」と町会長。

「その後、打ったのは天野先生です。なぜか、その年の夏休みに、天野先生が家庭訪問に来ました。『父と打っていたのですが、もう相手にならなくなった』と話したら、『それでは1局』ということになりました。」

「結果は、どうだったのですか」と町会長。

「僕が先番で打ったのですが、勝ってしまいました。」

「渡辺さんは、碁の才能があったのですね」と町会長。

「そのときは、『碁の才能があるのかも』と思ったのですが、最近になって、碁の才能は全くないという事実に気がつきました。」

2020/6/10

<ムクドリ31>
しかし、320問が間違いだと思った時、『むむ』と思った。この間違った問題も繰り返しやるのか、それとも飛ばしてやるのかという岐路に立たされたのだ。『詰碁は奥が深い。素人が間違いを指摘できるようなものではない』という考えが変わったわけではない。それどころか、この後10年やってもプロに勝てるようにはならないという自覚もあった。しかし、体力が上がると、『間違いを指摘してやろう』という気になってしまうのだ。

AIの基礎理論は勉強しているので、詰碁やヨセはAIが苦手な分野だということは知っていた。しかし、念のため、『最強の囲碁Zero』の13路盤を使って、『最強の囲碁Zero』がどう判断するか調べてみた。『最強の囲碁Zero』は、『白生き』という結論を出した。『最強の囲碁Zero』が間違えたという可能性はあるのだが、何となく心強い気がして、SDI-WORKSの『お問い合わせ』を使って、間違いを指摘してしまった。体力が上がると性格に変化が起こるのだ。<続く>

2023/5/24